最近、幸せとは何だろうと考える機会がありました。
きっかけは幸せを心、体の面から考える講義でした。
この講義では幸せを快ととらえて考えたものであくまでもテーマをまとめたものとして幸せという言葉を使っているだけでしたがとても良いタイミングで参加できたように思います。

幸せと一言に行っても、人が何に対して幸せを感じるのかはそれこそ十人十色、千差万別…美味しい物を食べた時、家族や愛するものと過ごす時、買い物をしたとき、お気入りの服、音楽、映画、他人の不幸に幸せを感じる人もいるでしょう。
人は色々なものに幸せを見出だします。
幸せの定義を決めようかと言うとなかなかそうはいかない。個人で感じるものが違うのですから当然ですね。
そうなると最後に行きつくのはやはり個人の「自分は何を幸せに思うのか?」という主観による定義に行きつくのではないでしょうか?

そこで自分なり考えた幸せの定義を考えてみました。
自分の好きなもの、食べ物、道を歩く感覚、動物を見たとき…それらすべてに感じるということがある。
幸せとは感覚であり、感じ、認知することによってなんてことのない事が幸せに変化する…。
があるからこそ感じ、認知することができるのだから、全て物事が幸せな出来事になりうるのではないかと考えることもできる。今生きているこの瞬間全てが

簡単に行ってしまえば物事の見方をかえるということでしょうか、幸せはそこらじゅうに溢れているということです、私たちはそこに気づきにくいというだけで。